2010年12月21日

オフィス街の建設

岩崎弥太郎の長男として産まれた岩崎久弥はアメリカへ留学していました。その後、三菱社の副社長になるのですが、その前の年、岩崎弥太郎の弟で三菱社の第2代総帥である岩崎弥之助は、今の東京丸の内周辺に10万坪と言う広大な土地を購入したと言われています。

この土地は政府の陸軍省から購入したのですが、政府が財源に苦しんでいた為、政府を救ってくれるように懇願して、土地を払下げした物だったそうです。

政府が提示していた金額は余りにも高額だった為に、弥之助も相当悩んだらしいですが、国家に尽くす事が三菱の意思であると言う事から、高値でも土地を購入する事を決意したと言います。その土地の価格は、当時の東京市予算の大体3倍はあったと言いますから、かなりの高値である事は間違いありません。

当時、まだ東京駅と言う物は無く、中央線がお茶の水までしか通っていなかったり、路面電車が日比谷?大手町間で走っていたりと言う時代だったので、丸の内は交通の便はかなり不便だった事が伺えます。

しかし、岩崎久弥が第3総帥になると丸の内オフィス街を建設する事になり、東京駅が開通する事になり、丸の内も交通の便が良いと言う場所になっていきます。

丸の内の土地を購入した背景には、その当時三菱の管事をしていた荘田平五郎が、ロンドンのビジネス街をイメージして、そう言った物を東京にも作りたいと言う構想があっての事だったと言います。

今の丸の内オフィス街があるのは、岩崎弥之助・岩崎久弥のお陰と言う事になり、結果的に岩崎弥太郎がいなければ成しえなかった事だとも言えます。
posted by 岩崎弥太郎 at 23:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月01日

岩崎家は華族ではなかった

三菱グループの創始者である岩崎弥太郎、そしてその弟であり、三菱グループの2代目総帥である岩崎弥之助等がいた岩崎家は、経済界きっての名門家系として知られています。
三菱グループの歴代総帥は岩崎家の家系で引き継がれていて、初代総帥は岩崎弥太郎、2代目総帥は弟の岩崎弥之助、3代目総帥は弥太郎の長男である岩崎久弥、4代目総帥は岩崎弥之助の長男である岩崎小弥太と、身内で総帥を歴代勤めている事になります。

また、家系からは2人の首相が誕生している事も挙げられます。弥太郎の長女の旦那である加藤高明、弥太郎の4女の旦那である幣原喜重郎の2人です。

更に、弥太郎の孫である君子はエッセイストだった入江相政の妻となりますし、エリザベスサンダースホームの創設者になった物も弥太郎の孫でした。またひ孫には大学の名誉教授を務める物、その妻になる物、小岩井農場の親会社であった東山農事の社長を務めた物等、そうそうたる経歴を持つ物ばかりが家系にいる事になります。

岩崎家の家紋は、昔から変わらず三階菱だと言う事です。

もともと、岩崎弥太郎が生きていた頃には、岩崎家は華族としては認められていなかったそうですが、弥太郎が死んだ後にその功績が称えられ、長男の久弥が男爵としての地位を授けられて、華族となった様です。

一介の地下浪人であった岩崎家が、華族にまで成り上がるとは、弥太郎が生まれた時には思ってもいなかった事でしょう。それほど弥太郎が残した功績は凄い事なのです。
posted by 岩崎弥太郎 at 03:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。