2010年04月24日

岩崎弥太郎の人柄

岩崎弥太郎は三菱グループの創立者と言う事もあって、多くの方は財閥の出で裕福だったのではと思う人も多いでしょう。しかし、岩崎弥太郎は恵まれた環境の下で幼少時代を送った訳ではありませんでした。

岩崎家の身分は「地下浪人」と言う身分でした。「地下浪人」とは地下に投獄されていると言う意味ではなく、郷士の株を売って居ついてしまう浪人の事を指していたそうで、かなり身分は低かったそうです。ですから、岩崎弥太郎の幼少時代と言うのは、本当に極貧生活で苦しかったと言っても良いと思います。

しかし、岩崎弥太郎は才覚を発揮し、起業家として成功までした人です。何故ここまで出世する事が出来たのでしょうか。岩崎弥太郎は秀才とまで言われ、当時の土佐藩主に褒められた経緯もあります。その才能を生かして勉学に勤しんだと言います。その後江戸に遊学に出向く事になるのですが、その前に地元の神社に参拝をして、そこの扉に「後日 英名ヲ天下ニ轟カザレバ 再ビ帰リテ此ノ山ニ登ラジ」と書き、幼いながらにもその心に大志を抱いた様です。それが多いなる野望に繋がったのでしょう。

今でも岩崎弥太郎の生家が残されていますが、その庭石は日本列島を模って並べているのではないかと言われていて、幼少の頃から日本全土を思って野望を抱いていたのかもしれません。その極貧時代を送った経験が、将来「東洋の海上王」と呼ばれるようになるまで上り詰める引き金になったのかもしれません。

posted by 岩崎弥太郎 at 23:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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