2010年08月08日

岩崎弥太郎が創立した三菱商業学校

明治11年には東京神田に三菱商業学校が設立されました。ここの教官人は殆ど福沢諭吉が設立した慶応義塾の門下生達で、理想に燃えていたと言います。

三菱商業学校では、予備科3年、本科2年と言う合計5年の学校で、教えている内容は英語、算術、簿記、漢学、作文、経済学(英語)、数学、歴史、地理、と言う様に普通の授業にプラスして商業や経営に必要な学問を教えていました。更に希望者には1年間のインターンシップが経験できたと言います。

また、三菱商業学校での生徒数は多い時で100名超える位で、今で言うビジネススクールと言った所だった様です。創立者の岩崎弥太郎の長男、弥太郎はこの時福沢諭吉が開設していた慶応義塾で学んでいましたが、岩崎弥太郎の考えで三菱商業学校の第一期生として入学しました。

慶応義塾と三菱商業高校の資金の差は歴然としていた様で、慶応義塾は資金繰りに困って政府に調達してくれるように掛け合っていたのに対して、三菱商業高校は政府からの補助(と言っても三菱にあった助成策によるもの)が有ったので、かなり三菱商業高校にお金をかけていたと言います。

三菱商業学校は優秀な学生を集め、教育陣も優秀な人材を集め、前途洋々の様な感じであったのですが、いつの頃からか自由民権思想普及の場となってしまい、ビジネス戦争に巻き込まれ三菱自体の資金繰りが苦しくなってきた事から、創立してたった6年で廃校と言う所にまで至ってしまったそうです。

岩崎弥太郎にとっては大きな挫折と言って良いでしょう。
posted by 岩崎弥太郎 at 23:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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