2010年09月04日

西南戦争で莫大な利益を得る

明治10年に行われた西南戦争において、三菱は軍事輸送を担当した事から、莫大な利益を挙げたのではないかと言われていました。本当に莫大な費用だったかどうかは別として、当時、1年間にかかる東京都の予算ははるかに超えていた利益を得た事は確かだったようです。

岩崎弥太郎は、この戦争で得た利益を基に産業としての資本を形成していく事になります。また岩崎弥太郎個人の為に使った物としては、東京都内に屋敷をいくつか購入したと言う事です。

その屋敷とは、今で言う上野不忍池の近くに位置している所だった様です。新たに建てた訳では無く、高田藩榊原家の江戸屋敷として使用されていた所を購入しました。坪数は8500坪程、かなり大きい屋敷であった事は想像出来ると思います。この屋敷は徳川家康が腹心であった榊原康政に与えた物と言われています。

また、そのお屋敷の周りの土地も、岩崎弥太郎は買い上げたと言う事で、その母屋を立て直したと言います。それも倍近くにしたと言いますから、かなり大きい屋敷になったのでしょう。

岩崎弥太郎は、共同運輸と繰り広げていたビジネス戦争中にガンが発病していまい、倒れる事になります。東京の買い上げた屋敷で50年と言う、波乱万丈で短い生涯を終える事になりました。ただ、死ぬ直前まで指揮を執っていたと言う事ですから、根っからのビジネスマンになっていたのでしょう。

極限の貧乏から巨万の富を得るまで、自分の才覚でのし上がっていった岩崎弥太郎は、今でも根強く語り継がれていますし、これからも語り継がれていく事でしょう。
posted by 岩崎弥太郎 at 23:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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